夢と詩情のアニマ

~プリズムの煌めきが生まれる場所、あるいはその墓場

アイドルタイムプリパラとアイカツスターズ、ふたつのリスタート

2017年、春。いつもの番組改編期である。

しかし我々女児アニメを愛する民にとって、今春は次世代まで語り継がれるべき激変の春と言えるかもしれない。

 

なんといってもプリパラとアイカツスターズ、両作品の前身であるプリティーリズムアイカツの時代からここ数年間女児アニメ界をけん引してきた二つの作品が、それぞれの語るべき物語を高らかに謳いあげ、そしてその大団円の興奮も冷めやらぬうちに同時に再び大海原に出港したのだ。

 

そしてそれはまたしても真逆のアプロ―チだ。

この二者の関係はほんとに面白い。

目的は同じ「自身の筐体ゲームを流行らせること」なのに、やっていること、やりたいこと、そしてやるべきことがことごとく真逆で、

しかもそれぞれ正しい。

 

各話の直後に呟いたツイートから、具体的に語っていこう。

 

 

まずはプリパラ。

世界観を引き継ぎつつ新たな街に舞台を移してのリスタート1話目。

新主人公である夢川ゆいを神アイドルとなった真中らぁらが導いていく・・・話なのだがそこはプリパラ、そう単純ではない。

 

なんと新プリパラは未だ工事中(?)の閑散とした空間であり、完全なるゼロからのスタートを強いられる。

そもそも新たな舞台パパラ宿では男子プリパラその名もダンプリがトレンディであり女子がアイドルをやるという文化そのものがない上に、校長はどこかの誰かさんを彷彿とさせる超管理主義者にして前時代的な「清く正しい女子」の保守者(のちにダンプリオタクだと判明)。 

さらに当のらぁらはプリチケのバグによりプリパラチェンジ後の姿になれなくなってしまい、そのためパパラ宿での唯一のプリパラ同志であるはずの夢川ゆいには誇大妄想癖(おまいう)だと舐められる始末。

 

 このように神アイドルにまで上り詰めた真中らぁらを、ちょっとずつ身動きとれない状態にして強制的に「主人公としてのふりだし」にもどしてからアイドルタイムプリパラの物語ははじまる。

これによって神アイドルグランプリを経たあとのれっきとしたプリパラ4期でありながら、「アイドルタイムプリパラ」は新番組として始まることができたわけです。

これが実にうまい。

 

 

もしもらぁらが神アイドルとしてパパラ宿に迎えられたなら、ゆいとのコンビは少なからず師弟関係となっていただろう。

それではいけない。プリパラで描かれる関係性は対等なトモダチでなければなりません。

そこで最初はゆいにらぁらを舐めてかかってもらい、共に穴を掘る(意味深)ことで友達としての関係を構築してもらう。

そしてそのあとすぐに神アイドルだったことは知れるわけだが、その頃にはゆいのキャラクターも十分浸透していて、今更らぁらへの態度を変える子ではないことは我々視聴者は分かっているという寸法だ。

 

こうしてたった2話でW主人公体制が構築されて、いつの間にか新しいパパラ宿でのらぁらの活躍に説得力がついている。なんということでしょう。匠と言わざるを得ません。

 

 

 

さて、アイカツスターズはどうかというと、こちらもまた凄い。

こちらは四つ星学園のトップ、S4に就任した虹野ゆめが、海の向こうからやってきたアイドル海賊エルザに打ちのめされ、そして武者震いをするというところから物語を再開する。

それはまさに黒船来航であり、今までの常識を覆す事件だった。

 

[https://twitter.com/halukuku69/status/849926584601464832:embed#「ゆめの夢はS4になること」ではその夢が叶ったら?ある程度この問題を出して来ると思っていたが、

 

まさかここまで徹底的に井の中の蛙に過ぎないと叩きつけるとは思わなかった。しかし不安はない。なぜなら彼女らは大海を前に怯む蛙たちではないからだ。 #aikatsu]

 

アイスタがとったのは「更なる強敵」路線だ。

そこでは今までの四つ星学園でのアイカツは通用せず、「お前らのは甘ちゃんサッカーなんだよ」(by日向小次郎)理論で一度は叩きのめされる。

しかし続く52話で見事な逆襲に転じることで、ゆめの力は今までのアイカツに根差していると示される。それはアイカツスターズの1年目がけして無駄ではなかったことを教えてくれるが、しかし同時に、ゆめの立つ寄りべとなる四つ星学園は、彼女の枷となるかもしれないとも暗示されている。

 

 

アイカツスターズは今までの物語に上層を加える事で、ゆめの新たなはじまりとしたのだ。

それはもう四つ星学園だけのアイカツには戻れない事を示してもいる。

ゆめはもう、未来に向かっていくしかない。

 

対してプリパラはどうか。実はこれについても対称的で、

プリパラはなんと、時を戻した。と、いうか神シリーズから止まっているのだがw

今回は明らかに自覚的に、「止まった時」を印象付けている。

 

 

そしてまるで示し合せたかのように、アイカツスターズは「時は戻せない」ことを強調する。

リリィサキパイ・・・いや綺麗なあじみ・・・じゃないリリィ先輩が星のツバサを手にした経緯に思いを馳せよう。

 

繰り返す時の中で、新しいプリパラを作るという未来へ向かうアイドルタイムプリパラ

不可逆な時間を生きながら、更なる高みの未来をみつめるアイカツスターズ

あまりにも対称的なリスタートである。

私はこれを両作品の根本に根差した違いだと思っている。

 プリパラはどこまで行ってもアイドルそのものではなく「プリパラという空間と私」がテーマである。

対してアイカツはアイドルになっていくことそれ自体がドラマになる。

この違いである。

プリパラにとってアイドルは手段に過ぎないが、アイカツにとってそれは目的なのだ。

 

 

確かなことは、両者とも自らの描くべきテーマをはっきりと自覚している、哲学のあるアニメだという事だ。

そしておそらく2017年度は、この二つの星がはじめて同じエネルギー同士でぶつかる真っ向勝負になるだろう。

まったく異なるテーマを持つアイドルアニメが、それぞれが描くべき頂点の先を描いていく。

ゾクゾクするじゃないか。

1年後、両作品のがどこにたどり着いているのか、月日の流れの速さに恐怖しつつも今から楽しみである。