夢と詩情のアニマ

~プリズムの煌めきが生まれる場所、あるいはその墓場

おかえり、ただいま

8/18、その日、私の前にも謎の小学6年生が鍵を開けにやってきたのだろうか。

私の世界は再び一変した。

アイドルランドプリパラ第一話の先行上映会。

それは偉大なる復活であった。

 

正直に言って、私としたことがプリパラを見くびっていたようだ。

「10分アニメ、いや5分アニメであったとしても、まあ御の字。数分の茶番があって後はライブシーンで終わるんじゃないかな」などと思っていた。

それでも、必ず推していこう、我々が推さなくてどうするのだ、そんな想いから前回のエントリーを前日に書いたのだった…が、全ては杞憂だった。

蓋を開けて見れば正味25分のTVアニメと同じフル尺、作画は過去最高の超クオリティ、そして肝心のストーリーは茶番どころか完全に新しい物語のはじまり、新主人公の香田澄あまりを中心に「今、プリパラの続きを描くことの意義」をビンビンに感じる、ハイティーン向けのアニメに生まれ変わっていた。これはもはやOVAシリーズではないか。しかしそれでいて、多くの作品にありがちな作風の変質という悲劇はなく、あのころ私達が夢中になったプリパラの世界そのものなのだ。

これは奇跡的と言っていい。

女児アニメとしてのフォーマットを守ったまま、確実にかつてのプリパラではできなかった物語を語ろうとしているのだ。

 

当時アイドルタイムプリパラは、プリパラが終わることそのものを物語にしたが、今度はプリパラが終わった後の世界そのものを物語にしようとしている。

それは例によって2018年4月3月28日以降の我々の現実とリンクする。

作中では「元パラの子」と名付けられたが、あの日以来プリパラのない世界をそれぞれの方法で受け入れてきた、または受け入れらなかった私たちの、その誰をも救う約束の地、それがアイドルランドプリパラなのだ。(と、言いつつも事実は小説より奇なり、現実にはプリパラはこの3年間も常に何かしらのキャンペーン展開があり筐体も動いていたし新曲もあったりで、けしてプリパラがない世界だったわけでないがw)

 

まさに理想的な続編。プロデューサーのツイートによると充分な話数が予定されていると聞くし、実質、いや正真正銘のプリパラ5期と言うべきだろう。

 

ここに至って、全く同じ感情を別の観点から抱いている。

必ず推していこう、我々が推さなくてどうするのだ。

これほどまでに自分の人生とリンクできる作品とは、そうそうお目にかかれるものではない。3年間の空白にさえ、意味がある。

ああ、本当にありがとう。プリパラを信じてきて、よかった。

おかえりのかしこま。ただいまのかしこま。

プリパラが好きぷり。だから大丈夫ぷり。